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HN:  K = POPOV = 壱郎

Author:HN:  K = POPOV = 壱郎
このブログは、ギフテッドと他称される私が、趣味である武術・心理学・行動分析・人間科学・危機管理などの観点から日常の記録を仲間向けに記した雑記帳です。それぞれの詳細はご自身で一流の研究家にでも確認してください(2流だと細かく説明しないと理解できないことが多い)。この10年間誤字以外は間違ってはいないはずで、論破したことは星の数ほどあれど、されたことがございません。

所在地:セルビア


非暴力主義者で、個人主義者です。

楽しんでいる人達を見たり、
体を動かして汗をかく事が好きです。
百聞は一見に如かず、百見は一触に如かず。
行動を起こさなければ結果は見えてこず、
考えているだけでは時間は無駄に過ぎてしまうもの。
個々人が触れ合い、人を侮辱せず互いに尊敬し合えれば、
世界平和に繋がり自然と争いも減るでしょう。
ですが馬鹿には馬鹿がしている事と同じ事をしてあげないと学んでくれないが故、馬鹿にしますし、悪人にはそれなりの対処をします。
僅かながら武術を習っていますが酔っていようが自分から手を出したことは有りませんし、無闇に暴力を行使する人は武道・武術を習うべきではないと存じております。
平素、他人になるだけ影響を与えないよう心掛けておりますが、何分未熟故か一部の人に影響を与え過ぎている模様。


笑顔、特に笑顔の素的な女の子が大好きです★
あとOOが好き!!!w

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王宗岳『太極拳経』(太極拳論)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E6%A5%B5%E6%8B%B3%E8%AB%96
太極者、無極而生、動静之機、陰陽之母也。動之則分、静之則合。無過不及、隨曲就伸。人剛我柔謂之「走」、我順人背謂之「黏」。動急則急應、動緩則緩隨。雖變化萬端、而理唯一貫。由着熟而漸悟懂勁、由懂勁而階及神明。然非用力之久、不能豁然貫通焉!

 虚領頂勁、氣沉丹田、不偏不倚、怱隱怱現。左重則左虚、右重則右杳。仰之則彌高、俯之則彌深。進之則愈長、退之則愈促。一羽不能加、蠅蟲不能落。人不知我、我獨知人。英雄所向無敵、蓋皆由此而及也!

 斯技旁門甚多、雖勢有區別、概不外壯欺弱、慢譲快耳!有力打無力、手慢譲手快、是皆先天自然之能、非關學力而有為也!察「四兩撥千斤」之句、顯非力勝、觀耄耋能禦衆之形、快何能為?

 立如平準、活似車輪。偏沉則隨、雙重則滯。毎見數年純功、不能運化者、率皆自為人制、雙重之病未悟耳!

 欲避此病、須知陰陽、黏即是走、走即是黏、陰不離陽、陽不離陰、陰陽相濟、方為懂勁。懂勁後愈練愈精、黙識揣摩、漸至從心所欲。

 本是「捨己從人」、多誤「捨近求遠」。所謂「差之毫釐、謬之千里」、學者不可不詳辨焉!是為論。


【文語訳】

太極は無極にして生ず。動静の機、陰陽の母なり。 動けば則ち分かれ、静まれば則ち合す。 過ぎること及ばざることなく、曲に随い伸に就く。

人、剛にして、我、柔なる、これを走という。 我、順にして、人、背なる、これを粘という。 動くこと急なれば、則ち急にして応ず。動くこと緩なれば、則ち緩にして随う。 変化万端といえども理は一貫と為す。 着(技)、熟するによりて、漸く勁をさとる。勁をさとることによりて(理)階は神明に及ぶ。 然るも力を用いることの久しきに非ざれば、 豁然として貫通する能わず。頂の勁を虚領にして、気は丹田に沈む。 偏せず倚よらず、忽ち隠れ忽ち現る。 左重ければ則ち左は虚ろ、右重ければ則ち右はくらし。仰ぎては則ちいよいよ高く、俯しては則ちいよいよ深し。 進みては則ちいよいよ長く、退きては則ちいよいよ促す。一羽も加うるに能わず、一蝿も落つるに能わず。 人、我を知らず、我独り人を知る。 英雄の向かうところ敵無きは、けだし皆これによりて及ぶなり。

この技の旁門は、はなはだ多し。 勢は区別ありといえども、おおむね壮は弱を欺き、慢は快に譲るに外ならず。力有る者が力無き者打ち、手の慢き者が手の快き者に譲る。これ皆、先天自然の能。 力を学ことに関するに非ずして為すところ有るなり。察せよ、四両も千斤を撥くの句を、力に非ずして勝つこと顕らかなり。 観よ、耄耋(老人)の衆(人々)を御するのさまを。 快なるも何ぞ能く為さん。立てば平準(はかり)の如く、活けば車輪に似たり。

深みに偏れば則ち随い、双重なれば則ち滞る。

毎に見る、数年純工するも運化を能わざる者は、 おおむね自ら人に制せらるるを。 双重の病ち、いまだ悟らざるのみ。この病ちを避けんと欲すれば、すべからく陰陽を知るべし。 粘は走、走は則ち粘。 陰は陽を離れず、陽は陰を離れず、陰陽相済して、まさに勁をさとる。勁をさとりてのちは、いよいよ練ればいよいよ精なり。 黙と識り、瑞摩(研究)すること漸くにして心の欲するところに従うに至る。本はこれ己を捨て人に従うを、多くは誤りて近きを捨て遠きを求む。 いわゆる差は毫釐(わずか)、誤りは千里なり。 学ぶ者、詳らかに弁ぜざるべからず。

これ論と為す。

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